日が昇って、いよいよ店仕舞いの時間になった。

売り上げもいつも通り。
あまりに何も変わらない日常に拍子抜けしたほど。


「よいしょ、と」


いつものように荷車とカゴを携えて歩き出す。ただし、いつもとは逆方向に。
ライナは今日の片付けが終わり次第、ラヴォナ家に向かうことにしていた。長年お世話になったお礼の挨拶をしに行くためだ。


市場から少し歩いた小高い丘の上に、ラヴォナ家の屋敷がある。
この立派な門構えを見るとどうしても萎縮してしまうが、予めアポイントは取っていたのですんなりと敷地に入ることができた。


「やあライナ、いらっしゃい」


屋敷の主、クレトン・ラヴォナは笑顔でライナを迎え入れた。恰幅の良いこの人が、ミレーヌの父親である。
玄関先の挨拶だけで立ち去ろうとしたライナを引き留め、そのまま応接室へと案内した。慌てるライナを座るように促す。


「君のお祖母さんには昔から世話になってね」


目を細めながら懐かしむように話すクレトンを見て、緊張しつつもライナは嬉しく思った。祖母は誰からも愛された素晴らしい人だ。そのような人間なら、この場にいても何ら不思議ではないのだが。

ライナはどうにも落ち着かなかった。

まるで浮いているかのようなふかふかの椅子に、絵画のような繊細な模様が描かれたティーカップ。触ったら壊してしまいそうで、とても良い香りのするお茶に口を付けることさえできない。そもそもこんな格好で座ってしまってよかったのか、と自分を恥ずかしく思った。

クレトンは、そんなライナには気付かず優雅にカップを口に運んだ。カチャ、と綺麗な音が鳴る。