あれからイルミスに会うことはなかった。市場には来ていたのかもしれないが、ライナの元へは現れていない。騎士団は多忙だと聞くし、もう花には興味がなくなったのかもしれない。彼にもう一度会いたかったが、仕方のないことだとライナは自分に言い聞かせた。


「おはようライナ」


立ち退きまであと3日となった日の朝、ミレーヌがやって来た。今日はボルドーのジャンバースカート。下に着ているオフホワイトのブラウスが一見ふんわりとはしているが、張りのある生地でできているため気品を感じさせた。


「おはようございます」


ミレーヌは手前に置いていた薄桃色の花を構いながら、微笑んだ。


「店仕舞いの準備は進んでいるの?」


一見天女のような笑顔のミレーヌにそう言われると、ギリギリと胸が苦しくなる。
ライナは表情に出ないように言葉を選んだ。


「はい、期限は守ります」


そう、とつまらなそうに呟きミレーヌは立ち上がった。
背中を向けた彼女の腰部分に施されていた、共布のリボンが華やいでいる。ミレーヌはくるりと振り返って言った。


「ところで貴女、今日は騎士様見なかったかしら?」

「ーーえ?」

「この前ここに来ていたらしいじゃない。……ただの気まぐれかしら」


ぶつぶつと呟くミレーヌの表情は、眉が寄っていささか不満げだ。
騎士様、というのはイルミスのことで間違いないとライナは思った。ミレーヌは彼と知り合いなのだろうか。