ライナは、ひとりしかいないというのに家中に響き渡る大声を上げた。先ほどまであんなに順調に食事の支度をしていたというのに、青い顔をしてこの世の終わりのような絶望的な表情をしている。


「パンを……忘れたわ」


そのままがっくりとうなだれる。手にしたその器には、市場で買ったパンを置く予定だった。だが、そのパンをどこに置いたのか思い出そうとして、そもそも買ってすらいないことに気付いた。
当初ライナはミレーヌの屋敷を出た後、パンを買ってからセーラの店へ行くはずだった。それがミレーヌの予期せぬ尋問に焦ってしまい、うっかりその工程を忘れてしまったのだ。


「これではイルミスさんのお腹が膨れないかもしれない……」


足りない分は食後の焼き菓子で補ってもらうしかないと考えたが、そこでライナははたと気付く。ーーそもそもイルミスはそこまで甘いものが好きなのだろうか。
今からパンを買いに行けるはずもなく、かといってライナの家にある食料もたかがしれている。
どうしたらいいのだろうと悩んでいるところに、無情にも戸を叩く音が響いた。


「ーーライナ、私です」


外からくぐもって聞こえる控えめな声に、胸の高鳴りと大きな不安を抱えたまま、ライナは急いで駆け寄り戸を開けた。