「ひとりで出歩くなど、それまで一度もしたことがありませんでした。あの時は家の者に見つからないよう行動することだけに必死だったので、市場のどこに行くかも決めていなかったのです。
しばらくさまよい歩いた私は、とある花屋を見つけました。
ーー正確に言えば、客のことなど構わずに、一心に花を見つめる少女を見つけました」

「……あの時、の」


ライナの中に眠っていた記憶が突如呼び戻された。初めて接客した相手、初めてパンデルフィーを買ってくれた相手がイルミスだったのだ。ライナの遠い記憶の中の彼は、まだあどけない表情を浮かべた少年だったため、分からなかった。


(……そう言えば、彼もきれいな碧い目をしていたわ)


遠い記憶の中にいた少年の目の色は、イルミスと同じ色だったと気付く。


「後でお礼を言いに伺いたかったのですが、家の者にひどく叱られてしまいまして。そのうち騎士団に入ることを決めて忙しくなってしまい、結局市場へは行けなかった」


ライナはその言葉を聞いて、嬉しさと恥ずかしさでこそばゆく思った。花を買ってくれた人のその後の話を聞くことは少ない。常連客でもない限りは、二度と会うことがないからだ。


「騎士団は規律が厳しいこともあり、自由に出来る時間は限られていました。特に新入りは仕事が多くて。社会の洗礼のようなものでしょうね。……私は目の前のことに追われてばかりで、いつしか少女のことも忘れていきました」


ライナは、あの時花を買ってくれた少年が、騎士団に入った姿を想像した。きっと最初の頃は詰め襟の制服に着られて人形のようだったことだろう。ライナも一人前の花売りを目指して毎日奮闘していた頃だ。場所は違えど、そうして2人とも大人になっていったことが、何だか誇らしく思えた。