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「私は、一般的な家より裕福な家に産まれました。幼い頃から使用人がいるような生活です」


今まで知らなかったイルミスの身の上話を、ライナは緊張の面もちで聞いた。


「父は文官をしていて、忙しい人でした。遊んでもらった記憶もほとんどありません。代わりに母は私のことを可愛がってくれましたね」


イルミスが昔を懐かしむように話す声からは温かみが感じられる。孤独ではなく、周りにいる人々に恵まれていたのだろう。想像の上ではあったが、ライナも一緒に思いを馳せた。


「3つ上の兄も、私のことをよく気にかけてくれていました」

「お兄様がいらっしゃるんですね」

「ええ。兄は父の跡を継いで、文官をしています」


イルミスは、少し暗い声を出して言った。


「ある時母が、病に倒れてしまいました。……おそらく、あれは流行病だったのだと思います。同じ家に住んでいたのに、なかなか会わせてもらえませんでしたから」

「……」


ライナの両親がかかったものと同じ病だろう。条件反射で当時のことが思い出され、ライナの胸はズキズキと痛んだ。少し目線を下げたライナの頭を、イルミスが優しくなでる。


「何も聞かされないまま日々を過ごしていた私は、我慢の限界がきていました。そしてあの日、誰にも知られずに家を抜け出して、市場に向かったのです。市場に行けば、母が喜んでくれる〝何か〟が見つかるかもしれないと考えたうえでの行動でした」


単純で恥ずかしいですが、と続けるイルミスにライナはぶんぶんと首を振る。大好きな母親が突然病気になってしまったのだ。さぞかし心配だったことだろう。そのライナの反応を見たイルミスは、小さな声で「ありがとう」と呟いた。