しばし無言だったイルミスは目を細めて、悲しんでいるような、苦しんでいるような表情をした。勿論この暗さではライナがそれに気付くこともなく、ただ小さく震えている。

イルミスはそのままゆっくりとライナへ近付き、目の前で膝を着くと、何の回答もしないままライナを抱きしめた。


「えっ?! あっ」


ライナの視界はあっという間に遮られて真っ暗になる。
前と同じ、優しくて温かい腕の中だった。
急なことにライナがどうしたらよいかと固まっているうちに、イルミスの腕の力がぐっと強くなった。


「花祭りは、とうに終わりました」


途端に鼻先に感じるのは、汗とセーレンの花の香り。どう考えても、ライナを抱きしめているのは花祭りの会場にいたイルミスだ。


「ーー私が魔女ではないと、信じてくれましたか?」

「……は、はい」


耳元で掠れた声を出すイルミスを意識してしまい、ライナは再びぎゅっと目をつむると小さく返事をした。



しばらく2人はそのまま動かずにいた。
ライナは、これが夢なのか現実なのか分からないほど混乱している。だが包まれる腕の中はとても居心地が良く、抗わずにいつまでもそうしていたいと思ってしまう。
顔を埋めた胸からは幾分早い鼓動が感じられ、魔女ではなくイルミス本人なのだと再認識させられた。


「良かった、貴女が、ここへ戻って来て。……どこかでまた倒れていたら、と生きた心地がしませんでした」


言葉を区切りながら、イルミスは独り言のようにぽつりぽつりと呟く。
湖にいるうちに、後から来た彼に追い越されてしまったようだ。いつまでも帰ってこないライナを心配していたと、続けられた。