気付けば、湖の前に差し掛かっていた。
凪いでいて優しい静かな水面。決して大きくはないが、空と木々に囲まれたその景観は大変美しく、落ち着き払っている。そんな中現れた今の自分は浮いてしまっているようだとライナには思えた。

ライナはいつかそうしたように、生い茂る草の道も構わずにほとりまで進むと、座り込んで湖面に顔を映してみる。


「ふふ、ひどい顔」


自虐的な笑いが漏れると同時に、涙が溢れた。
この場所ならば誰にも聞かれることはない。ライナは体を震わせて、大きな声をあげて泣いた。周りの自然がライナを優しく包んで、慰めてくれているようだった。


ーーどれくらいそうしていただろう。
ライナはぶるりと体に寒気を感じて、顔を上げる。
湖に着いたばかりのときはまだ日が高かったのだが、いつの間にか夕暮れ時へと変わってしまっていた。通りで寒いはずだと、ライナは長時間同じ姿勢で痺れてしまっていた腕をさする。そして、違和感を感じて右手を開けばくしゃくしゃになった白いハンカチがあった。夕暮れの中、それだけが輝いているようにすら思えるほど白さが際立っている。


「……イルミスさん」


無意識に握りしめていたハンカチを、呆然と見つめる。
思えば、イルミスには返せないほどの優しさをもらった。ライナが勘違いをせずに今まで通り暮らしていれば、今後も客として来てくれたかもしれない。

沢山泣いたが、イルミスを好きだという気持ちは涙と一緒に流れてはくれなかった。幼い頃の思い出の様に、ゆっくりゆっくりと褪色していくものなのかもしれないと息を吐く。
これからは〝好きだった人〟と意識が変わっていくように生きていこうと決めた。

ただ今日のところは、もう何も考えずに眠りたい。明日は朝一番にミレーヌの所へ謝罪に行こう。

それからのことは、花の世話をしながら考えることにする。もしかしたらあの家を出ることになるかもしれないけれど、今から未来のことをどうこう悩んでも仕方がない。


震える足で立ち上がり、軽く草を払う。


朝家を出るときは、夕飯にキノコ料理を作ろうかと思っていたのだが、何も作る気も食べる気も起きなかった。ライナはキノコを採るための寄り道をせず、まっすぐ家へ向かって歩き出した。