翌日には、「橋本麻美」さんこと
今は「羽島みかん」と名乗っている
双子である「羽島れもん」さんが
お見舞いに来てくれた。
双子と言っても赤ん坊の頃から
離れていて、麻美さんは
外国で暮らしていたし。
わたし達を認識する人は少なかった。
あの事故の日、飛行機を利用した彼女は
「羽島みかん」として
飛行機に搭乗した記録を残し、
亡くなったのは、「橋本麻美」その人となった。
「橋本麻美」さんの葬儀が行われてしまったいまは、
彼女も自分に帰れない人になった。
両親も兄にも、わたしと羽島れもんさんが
会っていることを知らせていなかった。
