「それに、」
彼がつづけた。
「それに?」
「……押してもだめならひいてみろ、みたいな。」
「はい?」
「あー、やっぱ何でもない。忘れて。」
どぎまぎした口調で言った彼は、今度は内が見えるよう手を額に当てた。
そっぽ向いて全然私の方を見てこない。
「何なんですか?」
その押してもだめならひいてみろって。
聞いても答えてくれなかった。
それどころか目線すら合わせてくれない。
変な速水さん。
私は彼が言った言葉を頭打ちで繰り返した。
「ヒントないんですか?」
またも私の言葉だけが空を舞う。
おーい、と私は上半身を回り込ませて彼の顔色を伺った。と、彼は途端に体を少し他所にそむけようと動く。
……もしかして。
私はもっと体を回り込ませた。
「速水さん。
照れてますか?」
じろり、彼は手を顔からどかし、眉間にしわを少し寄せて露骨に嫌そうな眼、
「うるせー。」
するや否や私の頭をお得意の右手中指で小突く。
ジンときた鈍痛に彼を横目で見て無言の訴え、速水さんは知らんぷりして視線をどこかに外してる。
だけどすぐに私は笑った。
彼の頬がほんのり朱がかっていたから。
「にやつくなよ。」
後ろ髪をかきながら彼がぶつくされる。
「ごめんなさい。」
でも私はまだ笑ってる。
「あー、もう。」
彼は心底嫌そうに、そして心底照れくさそうに、笑った。


