「市田終わったかー?」
「はい!」
後ろから聞こえた大きな長嶋さんの声に、ビクッと私は感傷から呼び戻された。
「うわー外寒そうだな。」
彼はコートを羽織り、帰り支度を早速始めている。本日の仕事は終わった模様だ。
慌てて私もデスクの上を片づけ始める。
十分カバンにしまう時間があったというのに、今だデスクの上に仕事用具は散らばったまま。青いファイル、筆記用具、スケジュール帳、そしてコーヒー缶―――。
「長嶋さん。」
「ん?」
私は手に持ったコーヒー缶を一瞥して、
「…いえ、何でもないです。」
そう言ってにっこり笑って彼をごまかした。
「ん、……あ、そう?」
若干長嶋さんは私を不審に思ったみたいだったが、それ以上追及することなく彼は私に微笑み返すだけ、
「コート2枚ぐらい着たいな。」
そう、代わりに冗談を一つ落としていく。
カバンの内部にあるポケットに私はコーヒー缶をすっとしまった。
聞かなくてもいい。
聞かなくても、答えは出ている気がする。
コーヒー缶、ファイル、付箋のメモ、飲み会のビール、お見送り。
私が今見つけられている彼のやさしさ。
きっとそれ以外にもまだその人は私に何かしてくれているんだろう。
例え私がそれらのことを聞いたって、彼はひけらかさないんだろうけどね。
上手に自分がしたと私に気づかれないよう隠すんだ。
“あの時”、彼ならコーヒーを残すだろうなって思えた理由が今ならわかる。
あーあ、そんな優しい人にひどいことしちゃった。不誠実に対応した、本当に嫌な奴は私だった。


