意地悪な片思い


「内川くん。」
 振り返った先に手に4つぐらいファイルを持った彼がにこりと笑って立っている。

「もしかして俺に用事ですか?」

「え?」

「ほら、あの話でしょ?」
 含み笑いで彼は表情をにやつかせているが、

ごめん内川くん、私全然見当ついてない。

「さっきまでお得意様から電話がかかってきたんで、おふたり方に少し待ってもらってたんです。」
 ここに来る途中で聞こえてた、
給湯室で電話してた人は内川くんだったんだ。

「内川くん電話大丈夫だった?」 
 木野さんが優しく彼に尋ね、内川くんの簡単な返事を聞くと木野さんは自分がいた席に戻った。

「それで何ですか?」
 内川くんはすっかり自分に用があるのだと勘違いしてるみたい。

「ううん、違う違う。」
 手を胸の前でぶんぶん振る。

「探し物があるんだって。」
 木野さんが私の代わりに答えてくれた。

「探し物ですか?」

 すると突如、ポスという気の抜けた音ともに私の頭に小さな衝撃が落ちてきた。

「いたっ。」
 反射的に出た声。
「何?」と私は振り返る。

ドキ。途端に心臓が大きく動いた。

約10センチ。
そんな近距離でその人がいたからだ。


彼は先ほどの衝撃の正体と思われるノートか何かを私の頭に乗っけたまま、

「内川、俺今日結構切羽詰まってるから。」
と咎め始める。

「すみません。」
 内川くんは焦った様子で私の脇をささっと通り過ぎた。

私はそのままぼーっと内川くんの背を目で追っていると

「お前はこれだろ。」
 そう言って、頭が軽くなったかと思うと呆けたいた私の手にぐいっとそれを収めさせる。

青いファイルだった。
隠れていた木野さんの背の向こうで探していてくれたんだろうか。

「あ…りがとうございます。
探してくれたんですか。」

そう言う前に

「アホ。」

「なっ!」
 容赦ないセリフがふってきて、顔をあげたときには、席に戻っていく速水さんの背中しかもう見えない。

結局、目があったのは最初だけ…だ。


「失礼しました。」
 静かに私は扉を閉める。

今度はどっかにやってしまわないように、ぎゅっとファイルを抱きしめて私は自分の席へと戻った。

少しだけファイルから彼の苦い香りがした気がした。