びくっと振り返った私。
少し藍色がかったストライプ柄の黒いスーツが目に入る。


給湯室来るんじゃなかった。
すぐにそう思った。

そう思ってしまう相手がそこにいた。


「お疲れ様です。」
 ああ本当この人ビターな匂いがする。
キケンな、あやしい、そんな香りが。


「長嶋もしかして探してない?」
 彼はそういいながら奥の冷蔵庫前に移動した。

「…探してます。」

「あ、やっぱり?
ごめんさっきまで下で喋ってて俺がとっちゃってたんだよ。長嶋も気にしてたよ。」
 何か取り出したのか、冷蔵庫のパタンとしまる音が隣でこだまする。

「すぐ行ってみます!」
 今だ!とばかりに部屋から脱出しようとした私。

しかしすぐに動きが制止する。


「…コーヒー飲まないの?」

彼のその一言によって。


ああ、そうでした。
シンクの上のコップに入ったコーヒーがおいしそうに白い湯気をあげている。

「の、飲みます。」
 これをほっておくわけにはいかない…。

「どうぞ。」
 笑っているのか速水さんの声が少しだけからかい口調。

「……。」

「何?」

「……いえ。」
 若干むっとしながら私はカップを手に取った。


彼のからかい口調で分かった。
今の、わざとだったんだ。

私が動揺してること見透かして、わざとここから逃げれるようなタネをまいて、
それでもコーヒーがあるから私はそれができなくて。

全部わかってて、
「長嶋が探してたよ」なんて逃げる口実を私に。