「あ、いたいた!」
 次の日、外でのある仕事を終えデスクに戻った私に珍しい人が声をかけてきた。

「市田さーん、待ってたんですよ!」
 声の主は私と目が合うや否や、散歩に行けると喜ぶ子犬のような愛い表情を私に向ける。彼のお尻には、機嫌よさげに左右に揺れる尾が生えているようだ。


「俺、朝から探したんですよ。」
 すると今度はしょぼーんと細い眉がさがる。さっきまでご機嫌だった尻尾がだらーんと落ち込んだみたい。

「ごめんごめん!午前は外での仕事だったの。
それにしてもどうしたの?

内川くんが私に声かけてくるなんて
すごい珍しいけど。」

「いやー、そんな大したことじゃないんですけど…。」
 ちらりと彼は一瞬目線をどこかに外して私にまた合わせた。

「明日また飲みたいなって。」

「…あ、そういうこと!」
 とんと検討がついていなかった私だったが、その一言ですべてを理解した。

「長嶋さんに掛け合ってくれないかってことでしょ?」
 微笑む私に、彼ははにかんでこくんと小さくうなずく。

「1度飲ませていただいたとはいえ、声かけて飲み行きましょう!なんて隣の部署の俺がなれなれしいかなって…。」

 私経由じゃなくても全然大丈夫なのにな。本人に素直にそう伝えれば絶対長嶋さん喜ぶだろうに。
内川くんって律儀だ。

「長嶋さんにあとで聞いてみるね、
明日の仕事終わりだね。」

「お願いします!結果は俺の携帯に連絡してきて下さい、俺これから外に出るんで!」

「うん、分かった。」
 連絡持ってたかな、そう一瞬脳裏に浮かんでしまうぐらい使っていない彼の連絡先。確か実際に使ったのは数回だったはず。

随分前に同期のみんなとごはんに行ったときに交わした、内川くんの連絡先がこうして生きてくるとはね…。

そのままちらりと私は今デスクの上に置いた携帯を一瞥した。

飲み会か。その言葉から派生したあること。

パソコン画面の左側にアングルを集中させながら、
「内川くん…。」
 気にかかったそのことを私は口に出した。