「…そっちが気づいてくれなかっただけですもん。」
私は冷蔵庫から一歩離れる。違うか……
速水さんに一歩近づいた。
「というか、なんでいるんですか。
私、びっくりしちゃったんですから。」
内川くんに今日速水さんは早く帰るはずだって教えてもらっていたし、
現に彼のデスクに明かりは灯っていなかったし。
「会議室使ってるから。今はたまたま休憩中。
……早く帰る予定だったんだけど。」
最後不自然に彼は私に視線をやった。
「予定って…」
何だろう?
「そこは追及してこなくていいから。」
困った表情を一瞬彼は浮かべる。
「市田も残業中?」
「はい。」
「早く帰れよ。」
「終わらないんですもん。」
「頑張れよ。」
変な口調で私たちはやり取りする。くすっと思わず笑ってしまうぐらいに。
あのこと、聞かないんだな、速水さん。
私が切り出すまで待つつもりなのかな。
「今日、いつ終わる?」
「えっと、あと…」
「待っててい?」
「え?」
「一緒に帰りたいんだけど。」
速水さんの色っぽい目が私を捕らえた。たとえ、一緒に帰りたくなくても、嫌って言えなくなっちゃいそうな瞳で。
「というかそのために今日、早く帰ろうとしてたっていうか。
……市田も残業してたなら、丁度よかったけど。」
彼は手の甲を顔にあてて、表情を若干隠す。
「ばか。」
私は思わずそう言った。
「誰がばかだ。」
笑いながら軽く私の頭を小突く。
…だって、分かってないんだもんな。
速水さんってば、分かってない。
そういうところだよ。
そういうとこが……好きでたまらないって言ってんのに。
さっき言ってた予定が……私と一緒に帰ろうとしてたってことだったなんて。
「あと2時間ぐらいかかりますよ。」
本当は1時間だけど。わざとそんな意地悪を言ってみる。
「うん、いいよ。」
彼はあっさり頷いて、口元を緩めた。
あーもう、ますます速水さんのばか。
あっさり2時間待ってられるとか言わないでよ。
…照れる、じゃんか。本当にもう。
って、今のは試すようなことした私が悪いんだけどさ。


