私は席を立ち上がった。メインルームの扉をバタンと閉め、廊下に出る。給湯室の前に進んで、ドアの柄に手をかけた。
あれ……中に人いるんだ。
ドア下のわずかな隙間から、小さく漏れている明かり。
私と同じ、残業している人がコーヒー飲みに来たのかな。
「お疲れ様です。」
おずおずと私は中に侵入した。
「お疲れ様です。」
コーヒーを丁度注いでいるところだったらしく、その人はこちらを見ずに答えた。
一瞬私は足を止めて。
うわずりそうになった声を何とか堪え、
「残業ですか?」
用もないのに冷蔵庫を開ける。そう、用もないのに。
「そうですね。」
低音が響く。つぎ終わったのか、隣からガチャンとコーヒーメーカーにサーバーを戻す音が聞こえた。
「あ、コーヒー飲みま…」
流れるように声を続けようとした彼だが、半端なところで言葉が詰まる―――たぶん、私の姿を確認したから。
「市田。」
その人は私の名を呼んだ。
ようやく気づいてくれた。
私は藍色のスーツのその人に視線を合わせる。
「声かけろよ、すぐ。」
悪趣味だなと、速水さんが笑った。


