意地悪な片思い


「長嶋、あそこの道混むよ9時。」
 速水さんの声。 

「え、本当か?」
 長嶋さんが台を拭くついでに帰りの話を二人してるみたい。

「え、もう9時じゃん、出ないと。
市田洗い物できた?」
 慌てた様子の長嶋さんは使った台拭きを流しに持ってくる。

「いや、まだお鍋が残ってまして。」
 しかも水につけ忘れてて、すっかりこびりついちゃってるというか。

「あちゃー、どうしよっか。」

「私、バスで帰りますよ。元々長嶋さんと家の方向違いますし、そうしようと思ってて。」
 ゴシゴシ、アルミたわしでこする。

「いやでもなぁ、遅いからなぁ。」
 渋る長嶋さん、見かねた速水さんが声を出した。

「市田。商店街がある方角でしょ?」

「あ、はい。」

「それなら、すぐそこ出たとこにバス停あるから。確か結構便出てるし、30分ごとに来てたはず。」

「じゃぁ大丈夫そうですね。」
 長嶋さんの方に顔を向けて、それで帰りますとばかりに私は大きくうなずく。

「それならいいか……。」
 まだ少し納得いってない様だったけど、長嶋さんは重い腰を動かして鞄を持った。


「速水、布団行けよ?しんどいだろ。」

「ん、長嶋見送ったら寝るから。
気を付けて帰れよ、長嶋。」
 薄い布団にくるまりながら、リビングと廊下の境のところで速水さんは壁に体重を預ける。

「じゃぁ市田、気をつけてな帰り。速水は風邪直すこと。」

「お気をつけて。おやすみなさい。」
 玄関から長嶋さんの背が見えなくなるまで、私は扉から上半身を乗り出す。
すっかり見えなくなると私は扉を閉めた。

鍵をかけようかと思ったけれど、
どうせすぐ出るからとガチャリと私は音を響かせなかった。