席に戻ってすぐに仕事に取り掛かる。今日任されたばかり、簡単に言ってしまえば長嶋さんがしてるイベントの補助、って感じの。

今日は定時で帰れそうだなぁ。
お昼から数時間ほど経ってることを確認して、私はパソコンに向き直る。

隙間から藍色は案の定見えない。今日も外に営業中なのかな。
感情を消し去るかのようにキーボードを打ち進める。


 数時間ずっとそうしていて、コーヒーでも汲みに行こうかと思ったその時、
私はその人が席についていることに気が付いた。私の手がぱたと止まる。

運よく廊下の方行ってくれないかな、
そしたら違和感なく話しかけられるんだけど…

隣の部署にずかずか入ってくのは絶対避けたいよ。

渋りながら彼の背を見つめる。
すると彼が右横を向いた、彼の顔半分がちらりとのぞく。

…木野さんか。

右隣は彼女の席。綺麗な容姿の、適わないようなそれこそ顔立ちが整ってる速水さんに似合う。

彼女は速水さんの方に体を向けて、二人は話し始める。
会話が進むにつれて速水さんの、彼女の方に体を傾ける具合は大きくなっていく。

私は見たくないとばかりに目線を下に落とた。

…キョリ近いし。
別にそんな近づかなくたっていいじゃん。

たぶんそう思ってしまったのは、
木野さんが速水さんに気があるって知ってしまったからかもしれないな。

速水さんはそのこと知ってるんだろうか。
ってだめだだめ。
思ったその一行を、私はなかったことにする。

木野さんの気持ちを考えたら、
とてもじゃないけど速水さんに聞けないことだから。


目線を再び戻すと、速水さんは会話をやめ席から立ち上がっていた。

どこ行くんだろう。また外かな。
私は彼の様子を伺う。

と、彼の体が大きく傾いた。

「市田、これもお願いしてもいいか。」
 速水さんがそうなってる時と同じ瞬間に、背後から長嶋さんの発した言葉が聞こえてくる。

だけどその時の長嶋さんの声は、ずいぶんか細かった。
元気な長嶋さんらしくない。

って、違うか。

長嶋さんじゃなくて、私が悪かったんだ。

その時耳も、目も、たぶん鼻も、
関係ないような器官、わたしの全部、奪われてたから。


木野さんが立ち上がった速水さんの腕を引っ張って。
その人が、傾いて、


つまりは
彼女に抱き着いたところ―――…