「木野さんねぇ。」
「なんですか。」
ねばっこい彼の言葉に聞き返す。
「木野が気になるの?」
気になるって…
「別に、そういうんじゃないです。
ただ――大体、みんなその名前だすから。」
内川くんも長嶋さんも。
「この間の飲み会の時だって、随分仲良しこよししてたって。」
私の口が止まらない。
ぷつっとコルクが抜けたワインみたいに、しゅわしゅわーっと言葉が飛び出してくる。
速水さんにこんなこと言ってどうすんだろう、私。
「木野さんがし、しな垂れかかったって!」
ほら、また。
速水さんはただ黙って私を見てる。
こまってるんだろうな。
いやいやそんなことお前に言われても。
って感じだよね、速水さんからしたら…。
私が彼の立場だったら絶対そうだし。
「速水さんごめんなさい、変なこと言って。全然気にしないでください。
たぶん疲れてるんです。」
もう無理やりにでもどけてもらおう。
昼食さっさと取ろう。
「速水さん戻りますね。」
私は扉の取っ手に手を伸ばす。
だけどできなかった。
彼が私の手を掴んだんだ。
「速水さん?」
そのままぐいっとうまい具合に彼が私を引っ張る。
「ひゃっ。」
バランスを崩したみたいに、私は彼に抱き着く格好になった。
彼の藍色のスーツが目の前に広がってる。
「ごめんなさい!」
私はあわてて離れる。
でもできない。
「あーあ。市田もしな垂れかかっちゃった。」
速水さんがたぶん、私の背に手を回して動かせないようにしてるんだ。
ちょっと動こうとするたび、背中に私じゃない力が加わってきてるから。
彼の体温が、かすかに伝わってくる。
たぶん私の体温も、彼にばれてる。
触れてる全部がじんじんする。
息をするのも躊躇うぐらい、恥ずかしい。


