あ。

あとその人のことも思い浮かぶ。
藍色のスーツを身にまとってるその人。

ここまで言えば誰のことかバレバレだと思うけれど、あの電話が、私の重かった気持ちを何てことないよと軽くしてくれたんだ。

「はい、失礼いたします。」
ガチャリと会社の電話の受話器を置く。

そばに一先ず置いていた、食べかけのおにぎりをまた頬張り始めた。

速水さんも忙しいのかな。
私はちらりとその人の席をのぞいた。

席に彼の姿はない。

最近すれ違いだ。
こうやって姿を見る余裕がちょっとだけできたってのに、決まって彼はいないんだ。

せっかく仕事が始まったってのに顔も、まだ見れてないや。
最後のおにぎりの一片を飲み込む。

コーヒーを汲みに給湯室へ……

うーん、どうやらそんな余裕もなさげだ。
感傷に浸る時間も終わりのようだ。

ほら、また電話が鳴る。

「市田さん。」

「はい。」

てんてこ舞いな時間がまた始まる。