カタカタ。私はパソコンを打ち進める。
ようやく自分の分の仕事が済んだから、田中さんに任された分に取り掛かれるんだ。時計は18時を回り、今しようとしているパソコンへの打ち込みが終われば今日は定時で帰れるだろう。
あと1時間、気を改めて引き締めると、
「市田。」
低い男の人の声が右後ろからした。
「はい?」
誰だろうと手を止めた私は顔をその方向へ向ける。
「長嶋は?」
平然と尋ねるその人。
一方の私はびくっとしながら
「え、っと外に出ておられてまして、
もう少しかかるかと……。」
途中つっかかりな返事。
意識しすぎ。
絶対そう思っているであろう速水さんは、
肩をかすかに揺らし「ありがと」って言ってのける。
そりゃ速水さんは私しか顔を見れる人がいないからいいけど、私は速水さんの背の向こうに田中さんとか同じ部署の人たちが見えるんだよ。
そんな普通にしてられないやい。
「あ、そうだ。」
ついでに、とばかりに彼が先ほどよりももっと近くに寄ってくる――
早く戻ってくださいよ!
こわくて、既に私は田中さんたちの様子を伺えてない。かといって変に彼を制するのもおかしいから、私は速水さんを見つめるだけだ。
「これ。」
私の耳元の近くで彼がささやいた。
「っ。」
速水さんの背で他の人から見えないように彼はさえぎると、
私の手に彼の手が触れて
私の手中にパリッとした感触の冷たい何かを押しやった。
こそっとささやかれたもんだから私の右耳はこそばゆい。
触れられたとこもじんじんする。
うう、隣に品川さん今いなくて本当によかった。
いたら不審がられてるもの、きっと。


