速水さんは黙って私に視線をぶつけ体を近づけた。色っぽい目じりのほくろが私を離さない。
彼が今解いた、シートベルトが車のドアにぶつかる音がする。
でもそんなの関係ない。
苦い香りが一層強くなって、彼が体を動すときに立てる音を聞くたび、私の胸がうずく。
そして…。
「いっ!」
おでこに痛みが走った。思わず私は手で覆う。
「酔い醒めた?」
彼はハハハっと笑いながらまた体勢を元に戻した。
「…醒めました。」
中指でよく頭叩かれるけど、その時の痛み以上だ今日のは。たぶん、今のはでこピン……。
「カクテルの意味も知んないくせに、飲みすぎるから。」
「ですね…。」
痛みでまだ顔をしかめながらの返事だけど、早く立ち去ろうと言葉をつづける。
「お風呂入って今日はよく寝ますね。酔いも醒めましたし。」
「うん。」
それがいいと彼が言った。
「今日は本当ありがとうございました。
おいしかったです、でも速水さんが飲めなくてごめんなさい。」
私は申し訳ないですって体をなして、さっきまでは随分遠く感じたドアを開ける。
降りた瞬間、コンクリートにヒールがぶつかってカツカツって2つ音を立てた。
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
ドアをバタンと閉めようとする。
「あ。」
寸前で声をかけられ私はやめた。
「どうかしました?」
また中をのぞく。
「今日ので変に意識して、避けるとかしたら怒る。」
彼がからかい口調で残した言葉に、「そんなことしません」って笑いながらドアをようやく閉める。
彼の車が完全に見えなくなるまで、私は隅に立って見送った。手を振るのは違うから代わりに頭を何度かさげた。
そうして見送りが終わると、かばんから鍵を取り出し部屋に入った瞬間、
「ふはぁ~。」
ため息とも嘆きとも言えないような何かが私の口からこぼれる。
同じころ、速水さんが煙草をくわえながら
「あー、もう。」
そう声をこぼしてるとも知らずに。