見覚えのある道にでて、そこが私の家の近くだと気づいたとき
「もう着くよ。」
彼が口を開く。
「はい。」
随分口をつむいでいたから頭の言葉が思うように出ない。
「寝てた?」
「うとうとぐらいです。」
「あほ。」
彼が笑う。
うとうとなんかしてなかったけど、不自然に話さなかった間を埋めるには、ちょうどいい理由だった。
狭い小道をくぐって私のアパートの駐車場に入ると、私の部屋番号が地面に書かれてあるスペースにとりあえず止めるよう彼に指示する。
「帰り道分かりますか?」
「市田じゃないから大丈夫。」
「どういう意味ですかー。」
ぶーたれる私にハハハっと彼が笑った。
収まると、車内はぽつーんと静かになる。
じゃぁって言って、その場を後にするのに最適な時間だ。
だけど何となく私は言いたくない。
言わなくちゃ、いけないんだけど。
「市田酔ってんのか?」
速水さんが首をかしげる。
なかなか出ていこうとしない私を心配したみたいだ。
「酔ってないですよ。」
私はシートベルトを外した。
もう部屋に戻るよって行動で示すためだ。すっかり肩からずれ落ちていた鞄のひももかけなおす。
「じゃぁ、」
そう言いかけて、彼の顔を見た。
彼の目線と私の目線がトクンってぶつかる。
私の心臓もドクンってなる。
速水さんと今日ずっといたからかもしんない、彼のずるいところが私にもうつったのかもしんない。
ひどくひどく、ずるいことを私は言ってしまいそう。
「市田。」
彼の口が私の名前を形どった。
…ばか。
ここで名前呼びは反則だよ。
「嘘。」
ほら。おかげでこんなこと言い始めちゃってる。
速水さんが名前なんて呼ぶからだよ。
私がずるいことを言っちゃうのは、速水さんのせいだよ。
私は小さく口を開く。
「酔ってる。」
最後に飲んだカクテル、
カルーアミルクが私に速水さんを誘惑させた。