素直の向こうがわ



「たか兄はすっげー料理上手なんだ。だからいつもいろいろ作ってくれる」


渉君のぎこちない手つきが心配になるけれど、本人は一生懸命に皮を剥いている。

そして、河野家のことをいろいろと教えてくれた。


「たかにいって真ん中のお兄ちゃんのこと?」

「そう。中学三年なんだ。徹兄ちゃんは料理以外のことは全部やれるんだ。掃除もオレの宿題もみてくれるし、オレと一緒にお風呂も入ってくれる」

「そうなんだ。徹兄ちゃん、優しい?」


渉君が満面の笑みで答えた。


「優しいよ。だから、オレ、お母さんいなくても寂しくねーんだ」


その言葉に、思わず手元の包丁が止まる。

ここは聞いていいものなのか、そのまま聞き流すべきなのか。
いろいろ思案しているうちに、渉君の話題は変わっていた。

料理担当は二番目の弟君で、それ以外の家事は河野がやっている。
家の中に女性の気配がない。

それだけで分かる。
河野には母親がいないのだ。

その理由は分からない。

なんだかんだで面倒見がいいのは、この環境のせいなのかもしれない。

河野の家に、今母親がいないという事実に、少しだけ忘れたはずの過去の記憶が刺激された。