素直の向こうがわ



玄関には三兄弟らしく、男の子の靴がいくつか並んでいてサッカーボールがかかっている。

でも、玄関からのぞく部屋はキチンと片づけられているように見えた。


「お邪魔します――」

「あー徹兄ちゃん。オレ、腹減ったんだよー」


家に上がろうとした瞬間、飛び込んでくるように少年が駆け寄って来た。
見たところ、おそらく小学生。


「分かったって。でも、おまえ、まだ5時だぞ? 腹減るには早すぎないか?」


河野が微笑みながらその少年の頭を撫でる。とても優しい笑顔だ。
その表情に胸の奥がぎゅっとなる。


「誰、その人」


河野に甘えていたかと思ったら、私の方に視線をよこして来た。


「あの、私、お兄ちゃんと同じクラスの松本文子って言います」


緊張して、小学生相手なのについ敬語で喋ってしまった。

今の挨拶じゃ、固かったかな。


「徹兄ちゃんの、カノジョ?」

「い、いやいや。とんでもない、とんでもないです」


小学生相手にこんなにむきになって否定することもないのに、
私は激しく手を振り回した。

そんな私を見て、河野が口元を押さえている。
あれは、間違いなく吹き出してる。


「この姉ちゃん、料理得意なんだって。美味しいもの食べられるぞ。だからおまえもちゃんと自己紹介しろ」


河野はしゃがんでその少年に視線を合わせてそう言い聞かせていた。


「オレ、河野渉(わたる)。小学3年だ。生き物係やってる。そんで6班の班長もやってんだ」


大真面目にそう答えた渉君に、ちょっと笑ってしまった。一生懸命お兄ちゃんぶるその姿が微笑ましい。

そして、ほんの少し、目のあたりが河野に似ていた。