素直の向こうがわ




「俺、弟が2人いるんだけど、いつもなら真ん中の弟が料理担当なんだ」


河野は隣に並ぶとまた歩き出し、そんな話を始めた。


「だけど、今日からその弟が塾の合宿だってことすっかり忘れてて。一番下の弟が、台所に何もないって騒ぎだして電話して来たんだ。俺、料理だけはどうも苦手で弟に任せっきりだったから、これから3日は外のもので済まそうと思ってたところで」


こんな話を河野から聞いているこの瞬間が不思議に思えて仕方ない。
そのうえ、河野の隣を歩いてる。


「だから、助かった」


こんな私の意味不明な申し出なのに。


「あ、あの、それで、材料は家にある? あるならそれで適当に作るけど」


それでも、突然訪れた二度とない機会だ。それならとびきり美味しいものを作ってあげたい。


「俺が料理苦手だって分かってるはずなのに、弟が合宿前に買いだめしてたみたいだから。アンタが来てくれなかったらその材料無駄にするところだったかも」


そんなことを言われると、私がいきなり申し出たことも悪いことじゃなかったって思えてしまう。


「わかった。じゃあ、食材見てからメニュー決める」


いつもより小さくて弱々しい声が恥ずかしくなるけど、隣に河野がいることを嬉しく思ってる。

河野のことを知ることが出来て、もっと知りたいと思っている。