素直の向こうがわ



その携帯電話を切った後、再び河野がこちらを向く。

その様子を私はただ緊張でつっ立ったまま見ていた。


「これでこの前の借りを返すってことにしてやるよ」

「へ?」


私は間抜けな声を出す。
そして思い出した。『借りを作りたくない』って言ったこと。

無表情だけど、どこか微笑んでいるように見えたその表情に、私もやっと緊張を緩めることが出来た。


「……うん。そうする」


なんだかおかしなことになったような気がするけど、心は勝手に浮き足立っている。

頭で考えることと心で思うことが最近まったく連動していない気がする。
そんな自分が今更ながらに怖くなる。


「じゃあ、行くか」


それだけを言うと、河野はさっさと歩き出した。慌ててその背中を追う。


どうやら、私はこれから河野の家に行くことになったらしい。

どこか他人事のように感じながら、校舎を後にした。