受験学年にもなると、様々なレベルの様々な教科の講習が各教室を使って行われていた。
そこはやはり進学校だ。
でも、私のクラスの教室は、夏期講習では使われていなかった。


夕方に差し掛かったこの時間でも、夏の陽射しは容赦ない。
使われていない教室では、入った途端にむっとした空気が迫って来た。


早いとこ教科書取って、出て行こう。


そう思った時だ。

外はもっと暑いだろうに、ベランダで電話している人がいた。
その姿はこちらからは背中しか見えない。

でもその背中で誰だか分かってしまう自分が哀しい。
それは間違いなく、河野だ。

少しだけ開いた掃き出し窓から、その会話が漏れ聞こえて来る。

突然その存在を主張し出したかのように激しくなる胸の鼓動。
息苦しくなるのにその場を動けなくて、その会話に聞き耳をたててしまう。


「……ごめん。悪かった。なんとかするから」


耳に飛び込んで来た河野の声に、胸に痛みが走る。
あの河野が慌てている。
そして何より、その口調はひどく甘かった。
そんな喋り方、聞いたことがない。
そのなだめるような話し方に、私の胸は勝手にその痛みを増して行く。


「ごめんな」


誰――?


低いけど、優しい声。

誰が河野に彼女はいないなんて言ったっけ。

勝手に私が決め付けてた。と言うか、彼女がいるかどうかなんてことを考えることすらしなかった。

あの無表情が誰かに恋する姿を想像出来なかったのだ。

全部、私が勝手に……。