「まあ、70点なら合格だ。明後日の追試、ちゃんと来いよ」
担任でもある英語教師に、最後にプリントを出した。
70点って、本当に絶妙な点数。私は思わず苦笑してしまった。
教室へ戻る廊下で、さっきまでの河野のことを思い出す。
今度はちゃんと「ありがとう」って言えた。言っておけてよかった。
あの時言ってなければ、多分また言えなかっただろう。
そう思いながら教室に入ると、まだ河野の姿が教室にあった。
当然もう帰ったと思っていた。
「大丈夫だったか?」
私が驚いて黙ったままでいると、河野が椅子から立ち上がり聞いて来た。
「う、うん。どのプリントも70点前後でちょうど良かった」
「まあ、そうなるように仕上げたからな。……でも、悪いことした。俺がプリントやっちまったから追試、まずいよな」
確かにそれはそうだ。追試に通ることが目的だ。
これでは全然自分の実にはなっていない。
でも、それをどうこう河野に言える立場にない。
「い、いいって。家でちゃんと勉強する。そんなことあんたが心配しなくていいから」
いつになく優しい河野に混乱する。
そんな河野にどう接したらいいか分からない。
「さっきのプリントの範囲のポイント教えておいてやるーー」
「大丈夫だから!」
気付くと、大声で河野の言葉を遮っていた。訳がわからなくてとにかく必死だった。
「あんたにこれ以上借り作りたくないし、面倒みてもらう筋合いもない。だからーー」
「ーー分かった」
河野の冷たい声にびくっとする。
河野の感情の消えた目がこちらに向けられていた。
その目を見た時、自分が何かを間違えてしまったことを知る。
「アンタの言う通りだ。……じゃあな」
低い声でそれだけ呟くと、河野は鞄を肩にかけてそのまま教室から出て行った。



