素直の向こうがわ



え……?


一瞬触れた河野の手に驚いて、慌てて手を引っ込めたと同時に顔を上げてしまった。
そうしたら驚くほど間近にその顔があって、その銀縁の眼鏡に額をぶつけてしまう。


「いて……」


自分の間抜けな声が静かな教室に響く。

おそらく、今私はとんでもなく真っ赤な顔をしていると思う。

そんな顔を見られたくなくて額をさするようにして顔を隠す。

すぐ目の前にいる河野に心臓の音がどうか届かないようにと祈る。


「……アンタ、いちいち意識し過ぎ。らしくなくて、調子狂う」


無防備なところに刺さる針のような痛みが走る。

河野はもう立ち上がっていた。
だからどんな表情でいるのかは分からない。
でも、その声はいつもと同じ抑揚のない声だった。


「べ、別に意識してなんか――」

「ほら、さっさとやるぞ」


情けないほどらしくない私に河野は拾い上げたプリントを手渡し、次の瞬間にはもう椅子に座って頬杖ついてた。

じわじわと増していく痛みを隠して私も席に着く。