「そんなことより、なんで、こんなとこにいるのよ」
ふっと、あのお昼休みの出来事が胸を過る。
あれから私は一人勝手に河野を避けていたんだ。
一瞬緩んだ気持ちがすぐにまた強張って、河野からプリントに視線を移す。
「俺は生徒会の用で。アンタはどうせ補習ってとこか?」
それでもやっぱり河野を見ずにはいられなくてそっと視線を上げると、河野の前髪がさらりと揺れるのが目に入った。
前髪が少しかかる目が私のプリントに落とされている。
「わ、悪かったわね」
何一つ答えの書かれていないプリントをまじまじと見られて、慌てて手で隠す。
「そのプリント全然終わってないみたいだけど、もう4時だぜ」
「え?」
4時って、私どれだけ意識失ってたの?
とにかく早く終わらせないと。慌ててシャープペンシルを手に持ったけれど、そのペン先は一向に動かない。
「……やろっか」
「え?」
「教えてやろっか」
思いもよらない河野の声に、無防備なほど間抜けな顔を河野に向けてしまった。
目の前に立っていた河野が、いつの間にか私の前の席の椅子に腰掛けてる。
こんなに近くに河野がいるのは、あの遠足の日以来だ。
「い、いいって。あんただって忙しいでしょ。帰りなよ」
河野と私の間にある距離があまりに近くて落ち着かない。
私は一人みっともないくらいあたふたとした。
「そんなこと言ってる場合なわけ? 今日中にやんなきゃいけないんじゃないのか?」
覗き込むように私を見て来る眼鏡の奥の目と、いつもより近くで聞こえる低い声のせいで、心臓が激しく鼓動し出して声すら発せられない。
ブリキ人形のようにぎこちなく頷くことしか出来なかった。



