素直の向こうがわ



「おい」


ん……。


「おいって」


――え?
 

頭上から聞こえて来る、聞き覚えのある声。


私、今何してたんだっけ。
そう言えば、補習プリントをやらなきゃいけなくて、それで教室で……。


「何やってんの?」


まだ完全に意識を取り戻せないまま顔を上げると、そこには河野が立っていた。


「ぎゃっ」


一瞬にして目が覚める。
私はとんでもない声を上げた。


「そんな化けもの見たみたいな声上げるんじゃねーよ」


そこには確かに河野がいる。
私の心臓はバクバクと激しく打ち付ける。

落ち着け、落ち着けと何度も心の中で繰り返した。


「プリント、よだれがついてるぞ」

「え?!」


慌てて机の上のプリントに目をやる。少ししわくちゃにはなっていたがさすがによだれはついていなかった。


「嘘だよ」


そう言って口角を上げる河野にまた勝手に胸が跳ねる。


「あんたって、けっこう嘘つき」


先生を騙したり、航に嘘ついたり。
私は、つい苦笑した。


他には誰もいない教室で、河野が私の前に立ってる。
さっきまで明るかった教室は、少しだけオレンジがかっていた。