素直の向こうがわ



「そっか。薫はあの時いなかったんだもんね」

「なに? 何かあったの?」


あんな場面、もう思い出したくなくて、思わず目を瞑る。

最近の私はどうかしてる。

あれくらいのことでこんなにへこんでいるなんて。
意味が分からなくて混乱状態。

河野の顔もまともに見られないし、あの横顔がこちらに向きそうになったら逃げるように席から離れる。

そんなことばかりしていた。
こんな気持ちの経験がなくて、自分の行動の理由が全然分からない。


「フミの元カレ、山下が突然来てさ、フミの席で嫌なこと言って来て。それを何故か河野が助けてくれたんだよね」

「だから、あれは助けたんじゃなくて……」

「ん? なんで河野?」


さらに不思議そうに薫が目を瞬かせている。


「そうなのよ。そこがポイント。河野って、実は、フミのこと好きだったりして――」

「やめてよ! 河野が私みたいなの好きになるわけないじゃん! そんなの、河野に失礼……」


咄嗟に声を荒げてしまった。
真里菜と薫が唖然としてるのに気付いても後の祭りで。


ああ、私、何言っちゃってるんだろう……。


いたたまれなくなって席を立った。


「ちょっと、トイレ行ってくる!」

「う、うん。行っといで」


足早に教室を出ようとしたとき、どうしてか河野が視界に入ってしまった。

相変わらず無表情でお弁当を食べている。


いつだって、あいつの目には私なんて映っていないのに――。


私ばかりが気になって。
自分の姿が惨めになって。


自分の情けないほどの痛みからも、なくなってくれない苦しみからも、すべてから逃げるように走り出していた。