「また、あんた来たの?」
「だって、あの席落ち着かないんだもん」
薫の呆れたような目が突き刺さる。
席替えをしてから、私は真里菜や薫の席に入り浸っていた。
この日も登校して来るなり薫の席に逃げ込んで来て、授業が始まる直前までここにいるつもりだ。
「ああ……。1時間目、必修だからか。クラスの授業だもんね」
私の席の方に目をやりながら、薫が納得したように呟いた。
高3になると進路によって選択科目が増える。クラス全員が一緒に授業を受ける必修科目の数は限られていた。
その必修の授業が朝からある。
ということはつまり、アイツの隣で授業を受けなければならないわけで。
必然的に私の気分は重くなる。
「別にそんなに気にすることないじゃん。河野なんてほとんど言葉発しないでしょ。空気みたいなもんじゃん」
いつの間にか話に加わっていた真里菜の言葉に考え込む。
確かにそうなのだ。
隣の席になってから、話し掛けられたことなんてない。むしろ、私なんてそこにいないかのような振る舞い。こちらに意識を向けることもなければ、ちらりとさえ見られたこともない。
隣の席になったところで、なんてことはなかった。拍子抜けするほど、まったく。
眼鏡男にとっても私が空気なように、私にとっても空気だと思ってしまえばいいことーー。
なのに。
私は何故だか、あの眼鏡男、河野が嫌いだった。
「なんか威圧感があるんだもん。妙に落ち着かない」
それだ。威圧感。
自分の言った言葉に妙に納得した。
あの無表情の上に眼鏡までかけて、無言の威圧感が半端ない。



