その声にすぐに振り向いた薫の顔が、ほんの一瞬緩んだのを見逃さない。
「ごめん、ちょっと行って来る」
「行ってらっしゃーい」
少し気恥ずかしそうな顔を私たちに向けて、薫は廊下の方へと小走りで向かう。
その背中は、紛れもなく恋する乙女だ。
「薫もさ、一見サバサバしてるように見えるけど、本当は一途な女の子なんだよね」
真里菜が顎を手にのせてちらりと廊下を見ていた。
廊下で二人で並びなにやら話している。彼を見上げる薫の顔は、友人には決して見せない顔だ。
遠足の帰り、薫と彼は元さやにおさまったのだと教えてくれた。
『実は、あいつの成績が急に下がり出してさ。それは私が原因で』
そう言ってこれまでのいきさつを薫は話してくれた。
高1の時から医学部志望だった彼は遊びながらも勉強だけはきちんとしていた。
でも、高2の冬初めて薫といわゆる深い関係というものになってから勉強そっちのけで薫の身体ばかり求めるようになった。
彼が医者になるという夢をずっと応援して来た薫はそんな彼が許せなくなって、本当は好きだったのに心を鬼にして自ら離れた。
そういうことだった。



