素直の向こうがわ



「あっ」

と、思った時には遅かった。支えるべきものを持っていなかった身体は、電車の動きに逆らえず掴まれるものを咄嗟に求める。

カーブに差し掛かかり、キィっと言う音と共に眼鏡男の方に身体ごと倒れ込んでしまった。
飛び出てしまったタオルを持った方の手が、眼鏡男の胸に置かれる。
そして、あろうことか飛び込んで来た私の身体を眼鏡男も咄嗟に支えてしまったみたいで、背中にその手が回されていた。


――なに? これ……。


ぶつかった額に眼鏡男の鼓動を感じる。
そして、背中の濡れた髪越しに伝わる眼鏡男の手のひらの感触。

男の胸に触れることは、初めてじゃない。
むしろ、もっと近くで触れ合ったことだってある。
なのに、あり得ないほどに私は激しく動揺していた。


「ご、ごめん!」


慌てて飛び退く。恥ずかしさに顔を上げられない。


中学生じゃあるまいし、これくらいのことで慌てるって何?


いくら必死でそう思っても心の騒ぎはおさまらない。


じっと俯いていると、手からタオルが抜き取られた。

え? と思って顔を上げた時には、そのタオルは私の頭に置かれていた。

そしてぎこちなく縦横に動かされると、次に私の肩に当てられて。

私はただ呆然と眼鏡男を見ていた。

少し経ってから、眼鏡男が私の髪を、そして肩を拭いているのだと分かった。