今にも泣き叫んでしまいそうなのを必死に堪え、家へと無我夢中で走った。

玄関のドアを開けて閉じた瞬間に、堪えていた涙が再び一気に溢れ出した。
漏れる嗚咽が激しくなる。

何も言ってあげられなかった。
辛そうに去って行った河野の横顔が頭の中を漂う。

苦しくて胸を押さえ、玄関にしゃがみ込んだ。


「文子……、どうした?」


非番なのだろうか、父親がリビングから出て来た。その顔を見上げると、驚いたような困ったような顔をしていた。
物心ついてから父親に涙なんか見せたことはない。
その場から立ち去ろうと思うのに、抱えきれなくなった感情が零れ出し心が悲鳴を上げていた。
誰でも良かったのかもしれない。誰でもいいから助けてほしかった。


「……私の、私の大切な人が、誰かを助けられる医者になりたいって。それなのに、ダメだった。大学落ちて。同じクラスで。ずっと努力して頑張ってた。私のせい……」


泣きながら喋る言葉は文脈も順序もめちゃくちゃだ。
合間合間に嗚咽に邪魔をされながら言葉を絞り出した。


「それで、おまえは? どうしてここにいる?」

「こんなことになったのも私のせいで、どんな顔して傍にいたらいいかずっと分からなくて……」


父親がゆっくりと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「どんな理由で自分のせいだなんて思っているのかは知らないが、そう思うのならおまえのやることは逃げることじゃないだろう」


静かに語り掛ける父親の声が、私の苦しみにまみれた胸に勝手に入り込んで来る。


「その人は医者になりたいと言ったな。医者になるのに1年の浪人くらいなんてことはない。父さんなんか3浪したからな」


そんなこと、初めて聞いた。


「すんなり医学部に入ることが優秀な医者になることじゃない。なりたいという強い意思とそれに向かう努力だよ。そんなに頑張っていたなら、その気持ちがあればその子はきっといい医者になれる」


私を見つめるその目は、ずっと昔、まだ小さかった私に向けられていたのと同じ優しい目だった。