素直の向こうがわ



薫が『彼と別れた』と言った日、こっそり泣いているのを見てしまった。

でも、私は声を掛けようにもかけられなかった。

それが真里菜だったら迷わず声を掛けていたと思う。

薫にはそう出来なかったのは、きっと、泣いているところを見られたくないだろうと思ったから。


「あんな男もういい」とだけ説明した薫の本当の想いは分からない。
それ以上言いたくないのなら、言いたくなるまで待っていたい。


そう思って今日まで何も聞かずにいる。


「お待たせしました」


沈黙が漂い始めたこの空気を破ってくれた店員さんに心の中で感謝した。


「わお。このパンケーキおいしそう!」


薫に笑ってもらいたくて、大袈裟に喜んで見せた。


「ほんと。この匂いもたまらない」


薫がニッと笑ってこちらを向いてくれたから、それだけでホッとする。