素直の向こうがわ



ドクドクと心臓が早鐘を鳴らす。


「おまえ大学受かったって担任に聞いたよ。おめでとう。本当に良かった。頑張ったな」


その表情を見れば、河野が心の底から喜んでいることが分かる。

私は、何も言えずに複雑な表情を見せることしか出来ない。


「せっかく見つけた夢だし、大学入っても頑張れよ。じゃあな」


そう言って一瞬笑を浮かべ、河野は私に背を向けた。
いつも追いつきたくて追いつけなかった背中。


「待ってよ」


春を感じさせる明るい教室の中で、遠ざかって行く河野を見ていたら、その背中に思わず呼びかけていた。
その声に振り返る河野の眼鏡の奥の目をすがるように見つめる。


「河野は? 河野は……」


そこまで言って言葉が止まる。意味のない問いかけだと気付いて、それ以上を口にすることが出来ない。


「ああ……。落ちたの聞いたのか。でも、まだ後期の結果は出てないし。おまえは何も気にすんなよ。じゃあな」


何でもないことのようにそう答えて、河野は教室を出て行った。

今度は、遠ざかって行く背中を追いかけることも、呼び止めることも出来なかった。