素直の向こうがわ



母親と別れて、家に戻って来た。

今すぐ、笑顔で話せるわけはない。男の元に走った母親をすぐに許せるわけじゃない。

でも、寂しくて仕方なかった。その気持ちは、少しなら分かるような気がする。
私だって、寂してく孤独で、バカなことをした。

子どもが思うほど、大人は強いわけじゃないのかもいしれない。
間違いも犯す。


「文子……」


リビングの扉を開けると、父親がすぐさま立ち上がった。
その顔は、とても困ったような顔をしていた。


「どうして、何も言わなかったの?」

「え?」

「どうして、お母さんが出て行った本当の理由を言ってくれなかったのよ」


本当のことを聞けば、こんなにも父親を憎まずに済んだかもしれない。


「おまえは、母さんのことが好きだっただろ……」


私から目を逸らしそう言うと、それ以上何も言わなかった。


――捨てられたと思わせたくなかったのよ。


それで父親は、私に責められてもなんの弁解もしなかった。自分が悪者のままでも構わずに。


本当に、バカ――。


不器用なのにもほどがある。
娘のことも、不器用にしか守れない人なんだ。


「今日は、お父さんに話しがあったの。大学受かったの。栄養学科。入学金とか、よろしくお願いします」


何故だか泣いてしまいそうになって、慌てて話を変えた。
そもそも、大学合格の報告をするつもりだったのだ。


「え? 栄養学科? 管理栄養士にでもなりたいのか?」

「まあね」


眼鏡に光が反射してその奥にある表情が読み取れない。
急に威圧感のあった父親が小さく見えた。


「そうか……。いつの間にか自分で道を見つけて頑張っていたんだな」


吐き出すように囁くように零れた父親の声。
志望大学も志望学部も親に相談しなかった。

全部自分で決めて自分で受験した。


「おまえの料理、どれも手が込んでいるしな……」


ぽつりと父親が零す。


「え……?」


私が意地でしていた料理なんて、気にも留めていないと思っていた。

本当に、私は何も見ようとしていなかった。分かろうとしていなかった。

人の気持ちも。その裏側にある葛藤も――。


『頑張っていたんだな』


その言葉がストンと心に落ちて行く。

親に認めてもらうためじゃない。
何のためでもない、自分のやりたいことのために頑張った。


『やりたいことのためにした努力なら自分に帰って来るから。親とか関係なくなる』


河野が私に言ってくれた言葉。


誰かのせいにして勝手に傷付いて。
きっと努力ってそういうことじゃない。
河野はそれを言いたかったんだね。