「文子」
1月も中旬になり、どの大学に出願するかを担任に報告しに行った職員室の帰り、廊下で私を呼び止める声がした。
でも、私は立ち止まるだけで、その声の方には振り向かなかった。
「おまえ、あいつと別れたの?」
声を掛けて来た航の方も、私との距離を保ったまま声だけを放つ。
「……俺は、本当のことしか言ってない」
私は、背を向けたまま何も答えず立ち去ろうとした。
そんな私を阻もうと航が声を張り上げた。
「身の程もわきまえず真面目な男と無理して付き合ったおまえが悪いんだ。おまえみたいな女と関わったあいつだって悪いんだ。俺は何も悪くねーよ」
「分かってる! あんたが河野に言ったことが本当の私だって。全部私がしてきたことだし。でも、もう私に話し掛けないで。これ以上河野に嫌な思いさせたくないの」
こうして航と二人でいる姿なんて、もう絶対に河野に見せたくない。
たとえこの場に河野がいなくても、もう、ほんの少しも河野の心を刺激したくない。
「なんなの……。おまえら、お互いマジになっちゃって、ホント、バカみてー。おまえには真面目な付き合いなんて、似合わねーんだよ」
航が去って行く足音が耳に届く。
掠れた声で吐き捨てられた言葉だけがそこに残った。
分かってる。痛いほどに分かってる。
胸に抱えていたノートを潰れるほどに握りしめる。
お願いします。
どうか、河野を必ず合格させてください。
誰にお願いしているのかも分からない。
でもこれだけは言える。
この気持ちは、自分が楽になりたいからじゃない。
それだけは信じてください。
もう河野がほしいなんて思ったりしないから――。
堪えたくても溢れ出す涙に焦って、私は走り出した。
人目のつかない階段下に逃げ込んで、声を殺して泣いた。



