河野だ。河野がこちらへと近づいて来る。
「河野!」
私は涙を拭うのも忘れて立ち上がった。
「まだいたのか? もしかして待ってたの?」
私の傍に来た河野が心配そうに私の顔を見つめる。
「待ってるに決まってるよ」
鼻をすすりながらそう訴えると、河野がフッと笑って私を席に座らせた。
そして涙でぐちゃぐちゃになった顔にそっと触れて指で優しく涙を拭ってくれた。
「なんで泣いてんの?」
優しく何度も河野の指が私の頬を滑る。
眼鏡の奥の目が私を包み込むように見つめて来る。
「なんでって……。河野が……」
「もしかして、おまえの耳にも入った? 俺としたことが馬鹿なことしちまった。もうおまえのことだけ馬鹿だって言えなくなったな」
それでも優しく微笑むから、河野の手のひらが優しく私の頬に触れるから止まるどころか涙はかえって溢れて来る。
「心配かけてごめんな」
「どうして河野が謝るのよ。悪いのは私でしょ? 私があんな奴と……。ごめん。ごめんね河野。ごめん……」
『ごめん』なんて言葉、なんの意味もないのに言わずにはいられない卑怯な私で。
ごめんと言えば河野は『違う』って言うに決まってる。
そんなことを言わせて私は楽にでもなりたいの?
自分が腹立たしくて河野と顔を合わせられない。
「殴ったのは俺だろ? 俺が勝手にやったこと。おまえは何も悪くない」
目を逸らす私の頬を両手で挟み河野の方に顔を向けさせられた。
「おまえは関係ない。分かったか?」
真剣な目で真っ直ぐに私を見つめている。
「……河野はどうなるの?」
不安でたまらなくて思わず聞いてしまった。