素直の向こうがわ



河野の家を出てから、私は思わず大きく息を吐いた。


「そんなに、緊張した?」


河野がそんな私を見て面白そうに言う。


「そりゃあ、するでしょ普通。でも、河野のお母さん、本当に温かくて優しくて素敵。無表情河野と全然似てない」

「うるせー」


でも、河野の優しさは、きっとお母さん譲りなんだろうな。そんなことを思った。


「今度行く時は、何か持っていくね。手作りのものとか嫌かな。って、ごめん勝手に」


お母さんが戻って来た今、勝手に今までみたいにお邪魔しようとするのは図々しいだろう。


「なんで? きっと喜ぶよ。母さん、おまえのこと気に入りまくってたからな」

「そ、そうかな?」


河野がそう言ってくれるから、私もほっとする。
今度は、手作りケーキでも持っていこうかな、なんて早速考えだしてる始末だ。

河野と出会って、河野の傍にいられるようになって、私を包む世界は大きく変わった。

前よりずっと自分を好きになれている。
私も変われているのかもしれない。

隣を歩く河野を見上げた。


「河野、ありがとう」

「ん?」


聞こえなかったのか、河野が私に耳を近付けて来る。
だから、私は思い切って囁いた。


「好き」

「耳にタコ」


そんなことを言って、全然相手にしてくれない。

でも、分かってる。河野が今少し照れてること。
だって、急に歩く速度が上がったから。

私は、その背中を追いかける。その愛しくてたまらない背中を――。