結局、河野はその授業中に戻って来なかった。
「河野はどうした」
当然先生はそう言った。私は慌てて声を上げた。
「あの、河野は今、体調悪くて保健室で寝てます」
きっとクラスメイトには嘘だってバレバレだ。
さっきの痴話喧嘩みたいな光景を目にしていた人もいたはずだから。
それでも、河野をただのサボリにはしたくなかった。
「そうか。あいつも、いろいろ大変そうだからな。じゃあ、授業始めるぞ」
それ以上疑われない河野の教師からの絶対の信頼を改めて知らされる。
これが私だったら、絶対信じてもらえないだろう。
この授業が終わってから何事もなかったかのように河野は教室に戻って来た。
「河野」
席に座り、次の授業の教科書を準備し出した河野に、うかがうように声を掛けた。
「あの、河野、保健室で寝てることにしちゃった」
私が引きつってしまう笑顔でそう言うと、河野はまたもいたって普通の表情で答えた。
「そうか。じゃあ、今日は具合悪そうにしてないとな。嘘つかせて悪かった」
「ううん」
『どうして戻って来なかったの?』
『この時間、何してたの? 何考えてたの?』
とは聞けなかった。
「じゃあな」
教科書を揃え終えた河野は、次の選択授業のある教室へと行ってしまった。



