素直の向こうがわ




「……分かった」


仕方なく頷く。
河野の目が、この場に私がいないことを望んでいるように思えた。

河野に背を向けて元来た廊下を見る。
前に進まなきゃと思っても、何かをやり残しているように思えて足が進まない。
このまま帰れない――。

私は河野の方をもう一度振り向いた。

振り向いた先には、窓の外をただじっと眺めている河野の横顔があった。
どこか遠くを見ているような目だ。
私が振り向いたことにも気付かないほど、どこか遠く。

その横顔がいつもの河野とは違って見えて、それが怖くて気付けば声を上げていた。


「私、河野のこと大好きだから! 河野だけ」


私の声に驚いたのか、河野は無理やり意識を引き戻されたようにこちらに顔を向けた。そしてふっと表情を緩めた。


「バーカ。おまえが俺にベタ惚れなことくらい、言われなくても嫌ってほど知ってるよ」

「な、なによ。偉そうに」


そう言う私に河野が笑う。


「ほら。いいから早く行けよ」

「じゃあ、後でね」

「ああ」


河野の笑顔に少しホッとして私は河野に手を振った。

この時の私は、河野が心の裏側でどんな葛藤を抱えているのかも知らないでいた。
どんな気持ちでいたかも分からなかったんだ。