素直の向こうがわ



「松本に用があるから」


抑揚のない声でそう言うと、河野が私の手首を強く掴み足早にその場を去ろうとした。
急に引き寄せられて、引っ張られるように河野の後に続く。


「なあ、生徒会長サン」


背後から航の声が聞こえた時、河野は足を止めゆっくりと航の方を振り返った。
私は怯えて河野を見上げると、その目は冷たく鋭かった。


「アンタさ、この前俺に先生もう来てるなんてデタラメ言ったでしょ。生徒会長が嘘ついていいの?」


笑顔を見せているけれど、それはどこか歪んでいて目は笑ってなんかいなかった。


「……ああ。嘘をついたつもりはないけど、俺の勘違いだったかな。悪かった」


久しぶりに聞く河野の冷たい声。
この状況の先を想像すると怖くて手が震えそうになる。掴まれた手首があまりに痛くて胸が震える。


「――それから。謝罪ついでに言っておくけど、もうこいつのところに来んなよ。いつまでも昔の女につきまとうな。みっともねーよ」


そう言い放つと、河野はさらに私の手を強く掴み教室から私を連れ去った。

私はただ河野に付いて行くのに精一杯で、その時の航の表情なんて見る余裕なかった。


『昔の女』


確かに河野はそう言った。強く掴まれた手首以上に胸が痛い。

無言のままどんどんと進んで行く河野の背中を、不安に押し潰されそうになりながら見つめる。


私のこと嫌になったら。
私に嫌悪を感じたりしたら――。


「河野! どこ行くの? 手、痛い」


その不安に耐えられなくなって、私はその背中に訴えていた。