私は恐る恐る参考書から顔を上げた。
すぐ近くに人影を感じた次の瞬間には、私の机に手を置きしゃがむ航の顔が私を覗き込んでいた。
「元気?」
わざとらしく笑みを湛え、顔を近づけて来る。
あの、図書室へと向かう渡り廊下での出来事を思い出して身体が強張る。
わざとだ。河野がいるところでわざと……。
どうして――?
すぐ隣にいる河野のことを思うと、声を発することが出来ない。
「どーしたの? 固まっちゃって」
ニヤニヤとしながら私の顔の前で手のひらをひらつかせる。
「……やめて。帰って」
なんとか声を絞り出し、航を睨みつけた。
河野は、私と航の関係を知っているのだろうか。
聞かれたことがないから、河野がどう思っているのかはっきりとは分からない。
『文だってそろそろ身体が疼いて来る頃なんじゃない?』
間違いなく、あの時航が言ったことを聞いていていたはずだ。
きっと、河野だって分かってる。
そう思うと、怖くて河野を視界に入れることも出来ない。
私は嵐が過ぎ去るのをただひたすら耐えるようにじっとスカートを握りしめた。
早く帰って――。
必死でそう心の中で願う。
航と二人でいる姿なんて河野に見られたくない。
でもそんな私の願いなんて呆気なく崩れ去った。



