河野からすれば反対に見える問題集の字が読みづらかったのかもしれない。
河野が私の隣に移動して来た。
そしてまたさらに私の心臓はせわしなく動き出す。
途端に近くなった距離で、このドキドキが聞こえてしまいそうだ。
「お、前より難しい問題やってんじゃん」
「そ、そりゃね。私だって少しは勉強するようになったの」
恥ずかしいほどに上擦る声。
触れそうで触れない肩。
触れそうで触れない手。
「この問題は、時制がらみだな。だから、どの時点が起点になるのかをまず考える……」
「はい……」
すぐ近くで聞こえる河野の声の振動に、鼓膜が揺れる。
一人焦る私とは反対にいたっていつも通りの河野。
河野の意識はあくまで問題にしか向けられていない。
密室で二人きりでも、緊張してるのは私一人だ。
ふと思い出す、高一の時のこと。
航となんとなく付き合い始めてすぐに航の家に呼ばれた時、部屋の扉が閉じられた瞬間に押し倒されていた。
他の会話は一切なく「いいよな」と囁かれただけだった。
それに私はただ黙って頷いた。
初めてのことにもちろん怖さもあった。
付き合って間もないのにすぐにこんなことをしてしまうことに後ろめたさもあった。
でも、それ以上に自分をどこまでもおとしめたい気持ちが上回った。
どこまでも荒んで行く、どこまでも落ちて行く自分を作りたかった。
そしてそんな自分をあの人に見せつけてやりたかった。
アンタのせいで、全部めちゃくちゃになって壊れたんだって、教えてやりたかった。



