素直の向こうがわ



勢いよく図書室の扉を開けると、そこには先ほどまでのやり取りが嘘のように静けさが横たわっていた。

そのことにいくらか安堵し、空いている窓際の席に腰を下ろした。

そして必死で胸をさすり心を落ち着けた。


あんな言葉関係ない。航だって、私をからかってその反応を楽しんでるだけだ。


何度も何度もそう言い聞かせた。


大丈夫、大丈夫。


鞄から英語のテキストを出す。そして隣には英和辞書。
シャープペンシルを手にして問題に目を落とす。
波打ち続ける胸の鼓動から必死に意識を逸らせた。


「遅くなった」


六時間目の終了を知らせるチャイムが鳴って少しして、河野が図書室に入って来た。


「ううん」


河野が私の周囲を少し見渡したあと、私の隣に腰掛けて来た。
近付いた河野の身体に、少し緊張してしまう。


「進んでる?」

「うん、なんとか」

「じゃあ、何か分からないところ出て来たら言って」


そう言うと、河野は自分の参考書やらノートを机の上に並べ早速ペンを動かし始めた。

ちらりとその様子を盗み見ると、見ただけで吐き気を起こしそうな物理の問題を解いている。

物理を取っているということは理系なんだ。

そう言えば、河野が何学部を志望しているのかすら私は知らない。

あまりにじっと見ていると気付かれそうで慌てて自分の問題集に目を戻した。


英語くらいはもう少し出来るようにならないと、大学なんて入れない。

そう思って目の前にある問いに集中した。