素直の向こうがわ



「放っておけないからこうやって来てんだろ?」

「そんなのおかしい。あんただって、本当に私のことが好きだったわけじゃないでしょ」


別れる時だって簡単だった。
航に大事にされた記憶だってない。
その場が楽しければ、何かを紛らわせられればそれでいい関係だったはずだ。
それなのに、どうして今更……。


「そんなことおまえが勝手に決めつけてるだけでしょ? それに。今のおまえの方がなんか、そそられるんだよ。派手だった頃のおまえより」


突き飛ばしたはずの航が、私の腕を強く掴んで耳元で囁いた。


「見た目、超清楚って感じなのに、そんなおまえの身体を俺が知ってるのかと思うと興奮する。今すぐ抱きたくてしょうがねーよ」


耳から入り込んで来る気持ち悪くて生ぬるい息が身体を震わせる。
恐怖で身体が固まって動けない。どうして恐怖を感じるのか、何がそんなに怖いのか、その理由を考えたくなかった。


「いい加減にして」


掴まれた腕を思いっきり振りほどいた。そして逃げるように走り出す。


「じゃあ、またな、文子」


背後から聞こえる声に耳を押さえる。とにかく一刻も早く航から離れたかった。