素直の向こうがわ



そういう声、河野の耳にも入っちゃうのかな……。


「おまえ、どっちにする?」


少し息の上がった河野が隣に腰を下ろした。
走って来てくれたみたいだ。


「じゃあ、こっち」


私は咄嗟に笑顔を作って紙パックのアイスティーを受け取る。


「どうかした?」

「何が?」

「なんか、眉間にしわが寄ってたぞ」

「ううん。なんでもない。ささ、もっと食べてよね。残されると困るんだから」


不思議そうに見つめる河野を急かす。

教室から逃げたつもりでも、校内どこにいても同じなんだということが分かった。

私だけの問題じゃない。


「美味い。これ、どれだけ時間かかってんの?」

「そんなにかかってないよ」


あまり負担に思わせるのもどうかと思うので、そこは濁しておいた。
前日の夜から仕込みをして朝も五時起きだ、なんて言ったら重すぎる。


「そんなことより早く食べて教室に戻ろう。次の授業の予習しないと」


私は一刻も早く人の視線から逃れたくてそう言ってしまっていた。


「はあ? 誰が? おまえ、そんなことすんの?」

「し、します! これでも私も受験生なんだから」


しまった。嘘にもほどがある。こんなのすぐ嘘だってばれる。
そもそも、私はこの日午後の授業はない。


「一人補習くらってたくせに、大学行こうとはね……」


横目で馬鹿にしたように見られて、つい反論した。


「こ、これから真面目にやるの」

「じゃあ、おまえが本当に大学行けるように勉強みてやるよ」

「え?」


適当に言ったことに、またとんでもないことを河野は言い出した。


「弁当の代わりだよ。これで借りにはならないだろ?」


河野が口角を上げ、ニヤリとする。